ニューヨーク 被爆親鸞聖人像

被爆親鸞上人像
被爆親鸞上人像
碑文

この親鸞聖人像は1955年にニューヨーク仏教会主管の関法善師と作者の廣瀬精一によってニューヨーク仏教会へ移されました。親鸞聖人銅像は大阪の廣瀬精一によって6体作られたうちの一体です。作られた1937年、南無阿弥陀仏の一字づつを表す各像はそれぞれ大阪、京都、東京、広島、新潟、三重県桑名に置かれました。しかし、第二次世界大戦中に6体の内3体が軍事金属供用されました。広島に置かれた一体は三滝町の広島市街を見下ろす通称聖ケ丘に置かれていました。住民の反対で金属供用を免れたこの像は、1945年8月6日原爆投下地から約2.5キロ離れていた聖ケ丘で被爆しました。1945年の終わりに、作者の希望によりこの像のアメリカ合衆国への移設が始まりました。当初この像はアメリカ仏教アカデミーに置かれていましたが、ニューヨーク仏教会を1938年に設立した関法善師によってニューヨーク仏教会に移されました。移設によって親鸞像を失った聖ケ丘には作者の廣瀬精一作成の小さい親鸞像が代わりに置かれましたが、この小さい親鸞像ものちに寺町の本願寺広島別院に移設されました。当時のニューヨーク仏教会はアムステルダムアヴェニューとコロンブスアヴェニュー間の94thストリート沿いにありましたが、第二次世界大戦後、関法善師が大戦中に収容されていた日系アメリカ人強制収容所から帰還後現在地に移りました。そして1955年9月11日、被爆親鸞像が現在地に置かれました。(ニューヨーク仏教会のウェブサイトやアメリカ仏教研究センターウェブサイトより要約翻訳)

現在ニューヨーク仏教会は331ー332リバーサイドドライブ(105thストリートと106thストリートの間)に位置し、被爆親鸞上人像は仏教会前に置かれています。メトロライン1の103th ST駅から歩いていくことができます。管理人は2018年9月17日に訪れました。